物質は何で構成されているのか?この問いは古代から存在し、様々な哲学者・科学者たちが真実を模索してきました。本記事では人類が物質の最小単位である原子や素粒子にたどり着くまでの軌跡を紹介します。
なお本記事の一部は以下の書籍を参考にしています。
19世紀まで非常識だった【原子論】
古代ギリシアではアリストテレスが提唱した火・土・水・空気の4元素(四元素説)、古代中国では火・土・水・木・金の5元素(五行説)で物質が構成されているという思想が幅を利かせていました。イスラーム世界やインドでも類似の思想が存在し、なんと18~19世紀頃までのヨーロッパでさえ上記の考えが支持されていたのです。つい最近までこのような考え方が「一般常識」だったという訳です。
一方で先進的な考えも古代から存在しました。世界で最初に「原子論」を唱えた紀元前のギリシア哲学者デモクリトスは、世の中の物質はそれ以上分解できない最小単位「アトモン(*分割不可能なもの、という意)」から構成されていると主張しました。
しかし彼は当時における「ガリレオ」そのものでした。
苦労人だったデモクリトス
地動説を提唱したガリレオ同様、原子論を提唱したデモクリトスも変人扱いされることが多く、同時代の著名なギリシア哲学者プラトンからは特に毛嫌いされており著作物を全て燃やされそうになった、との逸話まで残っています。
原子論が「常識」として受け入れられるまでには確たる証拠が必要でした。一見突拍子もない主張を展開し、世の常識として浸透させていくのは並大抵の苦悩ではありません。地動説をとる学者たちが迫害の歴史を辿ってきたのと同様、原子論者たちもまた嘲られながら原子論を「非常識」から「常識」にまで押し上げてきたのです。
原子論者たちによる「証拠集め」
初めに原子が存在する「証拠」らしきものを見出したのはイギリスの化学者ドルトンでした。彼は「倍数比例の法則」を実験により明らかにしました。
例えば2酸化炭素は1つの炭素原子に2つの酸素原子が結合しています。もし仮に酸素が分割不可能な【原子】ではなく連続的な物質であればどうでしょう?例えば0.5酸化炭素や2.4酸化炭素など、整数倍に限らず無数のバリュエーションがあっても良いはずです。しかし実際にはこのような結合は存在しません。炭素と結合する酸素は整数倍以外の数に分割されることが無いからです。これこそが原子論の最初の証拠になりました。
ドルトンは1つ1つの原子を直接観察した訳ではありませんでしたが、次世代の原子論者たちが新たな「証拠」を次々と見つけていきます。イギリスの植物学者ブラウンは水中の花粉を顕微鏡で観察している内にこれらがランダムな動き(ブラウン運動)をしていることに気づきました。後に「水を構成する微小な粒子」が互いに衝突を繰り返しながら運動していることが明らかになり、水の「分子」という概念がブラウン運動の説明に必要になりました。この時点で、物質とは分子や原子のような「粒子の集まり」なのではないか?という説が説得力を持ち始めます。
更に、かの有名なアインシュタインが水分子の存在を仮定したうえでブラウン運動を理論的に説明することに成功。この頃から原子論者たちの理論的足場が固められました。
最後に決定打を放ったのはフランスの物理学者ペランで、先述のアインシュタインの理論(当時の時点では“仮説”)が正しいことを実験を通して物理的に証明しました。これにより原子・分子論はようやく受け入れられました。これが20世紀初頭の頃のお話なので、意外とつい最近なんです。
原子は素粒子なのか?
電子の発見
それ以上は分割できない、物質の最小単位を【素粒子】と呼びます。
原子は素粒子だったのでしょうか?答えは否でした。19世紀末の時点でイギリス人物理学者のトムソンは原子から負の電荷を帯びた何らかの極小粒子が飛び出していることに気付きました。これこそが電子でした。この時点で原子は、電子+それ以外のものに分割できることが判明した訳です。
電子はそれ以上の分割が不可能であり、人類が初めて見つけた素粒子であったことが後に判明します。これを発見したトムソンには「現代素粒子物理学の父」という称号が与えられています。
原子核の発見
原子は電子的に中性であり、その中に負の電荷を帯びた電子が存在するならば、これを電気的に中和する正の電荷を持つ粒子(つまり陽子)が存在することになります。当初、陽子は原子の内部に均一に存在していると予測されていました。しかし、この原子モデルの想定が間違いであったことをニュージーランド出身の物理学者ラザフォードが突き止めます。
彼が放射線(アルファ粒子、後にヘリウムの原子核と判明)を薄い金箔に打ち込む実験を行っていたところ、1/8000の確率でアルファ粒子が薄い金箔から跳ね返されるということを見出しました。アルファ粒子はそれなりの重さを持ち、剛速球で飛んでいく正に荷電した粒子です。このライフル銃弾のようなアルファ粒子は、陽子が金箔原子の内部に均一に存在していれば、まず跳ね返されることはありません。しかし実際には一部の銃弾が「原子内部の何か」に跳ね返されたのです。
ここから導き出される結論はこうでした。『原子の内部には微小な原子核があり、そこに陽子(電子より遥かに重いと想定)が密集している為、アルファ粒子がちょうど原子核に当たれば跳ね返される』。更に実験を重ねた結果、原子核には何故か原子全体の質量の99.98%以上が集中しており、かつ原子核の大きさは原子全体の1/100000サイズしかないということが計算から割り出せました。電子顕微鏡もない時代に、良くここまで分かりますよね。
中性子の発見
更に、ラザフォードの 教え子だったジェームズ・チャドウィックは特定の金属にアルファ線を打ち込んだ際に、【電荷を持たない謎の粒子】が飛び出してくることを確認しました。これは中性子と命名されます。こうして、 『原子核の中には陽子だけでなく中性子も入っており、この周りを電子が回る形で1つの原子が構成されている』という今日で広く知られる原子モデルが出来上がったのです。
陽子・中性子・電子は素粒子なのか?
1950年頃から、上記3つのどれにも当てはまらない粒子が沢山見つかり始めました。そこで科学者たちは「これら全てが素粒子ということはないだろう」と考え、これらとは別に存在する少数の素粒子の組み合わせのバリュエーションにより、あたかも数多くの素粒子が存在しているように見えるだけではないか?と疑い始めます。
そこで陽子や中性子に対して電子をぶつけてみた所、中からクオークと呼ばれる素粒子が複数飛び出してきました。つまり【陽子・中性子は少数のクオークの組み合わせにより別物に見えていただけ】ということが分かったのです(電子だけは分割できず素粒子だったことが判明します)。
なお当初クオークは3種類あると予測されていましたが、現時点では6種類のクオークが発見されています。これについて日本の小林・益川両博士は事前に「クオークは少なくとも6種類以上存在する」ことを理論的に予想しており(小林・益川理論という激ムズ理論です)、これが見事的中したことでノーベル物理学賞を受賞しています。
クオーク&電子だけが素粒子なのか?
素粒子はクオークと電子だけではないことが、後に明らかになります。電子に近い性質を持つものの質量が遥かに重い素粒子(ミュー粒子、タウ粒子)、電荷を持たない素粒子であるニュートリノ(後に重要な役割を果たします)など続々と発見されていきました。
現時点で見つかっている物質を構成する素粒子だけでも、以下に挙げる多数の素粒子が発見されています↓。球の中に示した数値は電荷量(電子の電荷を-1とした場合)、球の右肩にのせた数値は電子と比べて何倍の質量を持つかを示しています。ニュートリノの質量は分かっていませんが、電子よりも遥かに軽いことが知られています。
反粒子について
上図の素粒子にそれぞれ対応する形で、反粒子と呼ばれる素粒子も存在します。反粒子とは元の粒子と質量が同じであるものの、帯びている電荷の正負が逆のものです。例えば電子の反粒子は【陽電子】と呼ばれ、電子と質量は同じである一方で、+1の正の電荷を持つ粒子です。既に存在が証明されています。
つまり反粒子も合せると、物質を構成する素粒子だけでも上図の更に2倍の素粒子が存在することになります。もっと言えば、力を媒介する素粒子(光子や重力子など。また別の記事で解説します)やヒッグス粒子も見つかっており、ここでは紹介しきれないほど多くの素粒子が存在しているのです。
超ひも理論とは?
ここまで多くの素粒子が見つかると、科学者たちの頭にまた同じ疑問が生まれました。上図にまとめた素粒子(と現代科学が認識しているもの)は、実は全く別の究極の素粒子による発現のバリュエーションの数々に過ぎないのではないか?という疑問です。
そこで登場したのが超ひも理論です。端的に言えば、素粒子は実は粒子ではなく【ひも】であり、ひもの形状や振動の仕方によってあたかも非常に多くの素粒子が存在しているように見えているだけ、とする考え方です。
超ひも理論の理解には、私の知る限り以下の書籍↓が最も分かりやすいです。超ひも理論は、永遠に思えた人類の素粒子探しの旅に終止符を打つ理論として注目を集めています。
今回はここで終わりにします。
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